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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)2081号 判決

理由

一、訴外三鴻通信工業株式会社(以下破産会社という)はその債権者東京電気化学工業株式会社等から破産申立を受け、横浜地方裁判所が昭和三十八年五月二十二日午前十時同会社を破産者とする旨の破産宣告決定をなし同日被控訴人を破産管財人に選任したことは成立に争のない甲第一号証(決定正本)により認められる。

控訴会社は右破産会社所有の原判決添付目録記載のトランジスターラジオ(本件物件と称す)を昭和三十七年四月三十日同会社より搬出しこれをその頃他に売却処分したことは当事者間に争のないところである。

二、第一次の請求について

被控訴人は控訴会社が本件物件を破産会社の承諾を得ず不法に搬出したものであると主張し、原審における証人横川重雄の証言中右主張に副う趣旨の供述部分は後記認定の事実に照したやすく信用できずその他被控訴人の右主張を認めるに足る証拠はないから控訴会社の不法行為を理由とする第一次の請求は採用するを得ない。

ところで原審は第一次請求を認容したため、予備的請求について、何等明示的判断はしていないので、当審が、予備的請求について、判断すれば、右部分について一審の審理を失わせることとなるので、第一次の請求原因と予備的請求原因とが、相互に相容れない事実でなく、第一次請求の肯認が、予備的請求の否定を論理的に将来しない限り、原判決を取消し事件を原審に差戻すのを相当とするが、前者の肯認が理論上後者の否定を意味する本件では、原判決を取消すと共に、直ちに予備的請求について当裁判所が判断すべきものである。そこで右予備的請求について審案する。

三、予備的請求について

(一)  《証拠》を総合すれば次の事実が認められる。

控訴会社はラジオ、テレビ等のスピーカーの製造販売を業とする会社で破産会社とは毎月相当額の取引をなし昭和三十七年四月末現在合計金千三百五十万円の売掛代金債権を有し、しかも同日支払期日の手形七通(金額合計四百五十万円)を受取つていた。当時破産会社は手許不如意で資金繰りに苦慮していたが遂に同年四月二十九日他より融資を得る見込も絶たれたので翌三十日朝各債権者に対し右の事情を通報に及んだ。ところで控訴会社としては右受取手形を全部他に裏書譲渡をしていることとてこれが不渡処分を受ければ裏書人としての責任を追及せられることとなり、かくては控訴会社自ら重大な苦境に立つことになるので直ちに同会社の加納社長、宮崎専務、松山営業係長三名が破産会社に赴き横川社長等に対し右の事情を述べせめて当日決済せられるべき手形金相当の代金の支払方を種々交渉した結果右横川社長は支払不能の状況にあるので止むなく右代金の支払に代える趣旨の下に在庫の本件物件を引渡すことを承諾し控訴会社はこれを受取るに至つたものである。

右認定に反する原審証人横川重雄の供述部分の措信し難いことはさきに記したところでありその他右事実を左右するに足る証拠は存しない。

(二)  以上によつて明らかなとおり控訴会社が破産会社から本件物件の引渡を受けたのは破産会社の黙示の承諾ではあつたが当日支払期の到来した前示手形金四百五十万円相当の売掛代金債権の代物弁済であると認めるを相当とする。このことは当審における控訴会社代表者尋問の結果認められる控訴会社がその後破産会社に対する売掛代金債権を破産債権として届出をしていない事実に徴しても裏付け得るところである。

しかし右代物弁済は前示認定のその経緯に鑑みるとき破産会社が債権者たる控訴会社の急追に堪えかねて止むを得なかつたものとはいえ、支払停止の状態にあるにかかわらず特定の債権者のため他の一般債権者の共同担保たるべき在庫品を減少するものであることを知りながらなしたものであると推認することができる。しかも、それは支払方法が債務者の義務に属していなかつたものと謂うことができる。

これによつてみるに右の如き破産者のなした支払停止後の代物弁済は特に他の債権者を害することを知つてなしたものであるかぎり破産法第七二条第四号に依るはもとより第一号に依つてもこれを否認することができると解すべきであるところ、本件の場合にあつては破産宣告の日たる昭和三十八年五月二十二日より一年前の昭和三十七年四月三十日になした代物弁済であるから同法条第四号に依つてはこれを否認し得ない。結局本件物件につきなされた代物弁済契約は破産管財人たる被控訴人において第一号に依る否認権を行使することができるものと謂わねばならぬ。控訴人は控訴会社において債権者を害するものなることを知らなかつた旨弁疎するも右事実を肯認するに足る資料はないから右主張は採用するを得ない。

(三)  ところで被控訴人が本訴において右代物弁済を否認したことは明らかでありその結果代物弁済により控訴会社に引渡された本件物件の所有権は当然破産財団に復帰すべきものであるがその物件が控訴会社により他に処分され現存しないことは当事者間に争がないから控訴会社は右物件によつて受けた利得を破産財団に返還すべき義務がある。

そこで右返還すべき価額についてみるに、右の如く否認権行使により破産財団に回復さるべき物件が否認権行使当時現存しない以上その当時における物の価額を認める余地はないけれども控訴会社は右物件を処分することによりその対価を利得したものであるからその対価は右物件に代るべきものであり右否認権行使の時においてもなお現存しているものと推認すべきである。そして右物件の代物弁済当時の破産会社工場渡の価額が三百七十八万円であることは《証拠》により認められ、右認定に反する原審証人松山正の供述及び当審の控訴会社代表者尋問の結果は措信し難い。従つて控訴人が本件物件を処分することによつて得た利得額も右金額を下らないものと推認すべきであるから控訴会社は破産財団に対し右金三百七十八万円及びこれに対し法定の年五分の利息を付して返還すべきものである。

(四)、以上のとおりであるから被控訴人が控訴人に対する第一次の請求は理由がないので之を棄却すべきであるが、第二次の請求として被控訴人が控訴人に対し金三百七十八万円及びこれに対する本件訴状送達の日の後たること裁判所に明らかな昭和三十八年九月二十日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める部分は正当として認容すべきである。

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